東京電力 電力使用状況

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2011.03.27

結石排出

奇跡的というか運が良かったというか、激痛が始まってからたった数日で結石が排出された。しかしその間は結構痛みが続いた。夜は痛みで眠れないのでボルタレン座薬を投与。昼間もどんよりした痛みがあったし排出前は4時間くらい痛かった。しかし今思えばどんどん落ちていたため痛みが続いたんだなと。まぁ早く痛みから解放されたのはありがたい。今回の石は、前回と似た楕円形で5mmx3mmくらい。まぁまぁ大きかったな。

2011.03.23

また結石

今のところに引越してから数年、全くなかったのでとても平和だったのだが、2日前に少し赤いオシッコが出た。ドキっとしたのだがこの時痛みはなく、すぐに元に戻ったので疲れかな~くらいに思っていた。ところが昨夜日付が変わる頃、右の背中がどんより痛み出した。もしや!ととっさにトイレに行くと真っ赤な尿。リビングに戻るとどんどん痛みが増して来た。しばらくガマンしてみたが痛み収まらず冷や汗と吐き気もしてきた。私がうずくまっているのを奥さんが見つけ、救急車を呼ぶ。引っ越してからは泌尿器科にかかってないので、拝島の徳洲会病院へ搬送。救急医療室に着くと少し痛みが収まってきた。問診のあと検尿と、念のためCTを撮ってもらうことに。この病院は夜間でも結構医師がいてCTもすぐに対応、なかなかよさそうな病院だ。CTの結果、石の影があり、検尿にも赤血球が見られたので尿管結石と診断された。石は腎臓から出て尿管に落ちてきているとのことなので、自然排出を待つことになる。周期的にどんより痛むので早く出ててくれ石!

2011.03.20

RX-8 リアランプカバー内 水漏れ

DSC00516

RX-8の右リアランプカバー内に水滴がつき始めた。裏カバーを剥がしバルブを外してそこからドライヤの温風を当てて乾かすも、数日のうちにまた水滴がついている。ディーラーに相談するとカバーの劣化による水漏れとのこと。部品と部品の合わせ目から水が侵入しているとのことだ。じつは3ヶ月前に左リアのランプカバーも同様の症状で交換したばかり。劣化と言われるとしょうがないのだが、片方で\27000もとられてしまうのがちょっと。。。可動部品でもないのでクレーム扱いにならないのか相談したが無理だった。なお新しいランプカバーは、なんかモノが変わってるらしく、バルブのコネクタ部分の形状が変わっているとのことでこの部品も自腹で買わされてしまった。ウムム。。。

2011.03.18

計画停電

電力不足による計画停電が始まった。初日は停電が起きなかったが、ついに来てしまった。最長で3時間。長い。実施時間は毎日シフトされるが夜の場合は真っ暗だし寒い。布団にくるまるしかない。

厄介なのは仕事だ。まず電車がこれに合わせて運休する。JRは特にだめだ。我が家の最寄りの駅の区間は特に運休の確率が高いので、乗り遅れないようにすると仕事をする時間がほとんどない。

それから会社も、途中で停電が起きるとまずいので、予めサーバや電話交換機を落とす。つまり業務はそこでストップしてしまう。パソコンと電話が使えなくてはどうしようもない。

せめて経済はストップさせないように、交通機関と企業への送電をなんとかしてほしい。

2011.03.15

東日本大震災 4

実家と兄のところでは、やっと電気と水道が復帰したようだ。よかった。兄もなんとか自宅へたどり着いたようだ。しかし兄によるとガソリンがまったく無いようだ。向こうは車での生活が当たり前なので、かなり不安だろう。

2011.03.14

東日本大震災 3

絶え間ないニュースで死者や行方不明者が相当な数で有ることがわかってきた。改めて地震(津波)の恐ろしさを感じる。必死に逃げて非難した人達が避難所に集まりだした。電話がつながらなくて安否が分からない人が多いようだ。テレビ局は、流されてしまった街の撮影はもういいから、はやく避難所へ行って避難リストなり避難者の顔なりをもっともっとテレビに写してくれないか。みんな人を探しているのだ。

2011.03.12

東日本大震災 2

地震の被害は、時間と共に明らかになってきた。特にひどかったのが大津波による東北や関東地方の沿岸部への壊滅的な被害だ。地震の揺れそのものの被害ではない。津波に飲み込まれた街が跡形もなく消え去っている。

水戸の実家と連絡がついた。両親は無事であった。しかし揺れが結構大きかったようで、台所の食器は食器棚から飛び出し床に落ちて粉々になってしまったようだ。また風呂場のタイルも剥がれて落ち、外の塀も崩れたようだ。自分たちで出来る範囲で後片付けを始めたようだが、まだ余震もあるのでくれぐれも無理はしないでほしい。あと水道、電気が止まっているようだ。

兄にも連絡がとれた。なんと兄は北陸へ出張中。地震で鉄道もストップし戻れなくなってしまったようだ。自宅へは連絡が取れたようで家族は無事のようだ。しかし多分水戸と同じくらいの被害はあるだろう。

2011.03.11

東日本大震災

それは金曜日の午後に起きた。私は職場で仕事中であった。ゆっくりとした横揺れが起きた。いつものように”地震か”と思ったがなかなか収まらない。それどころかどんどん強くなる。”これはデカいぞ!”体に緊張が走りすぐ机の下に隠れた。長い揺れが続いたあと収まってきたので立ち上がる。モニターが横を向き、小物が落ちている。つい先日、会社で避難訓練をしたばかり。私はフロアの指揮班長なのであるが、どうしていいものか躊躇してしまう。しばらくして分団長からの指示で職場を点検し問題無いことを確認。余震があるかもしれないので皆に自席待機の指示を出す。

パソコンで早速検索すると、東北震源の震度7という数字が表示された。経験したことのない値だ。すぐに奥さんに連絡をとって無事を確認。そして水戸の実家に電話をかける。が、繋がらない。ここよりも震源に近いから被害を受けていなければよいが。事務所のメンバーの携帯でワンセグを見ると、千葉でガスタンクが爆発を起こしたり大津波が来るとの情報が映しだされる。おそらく後にも先にもないであろう大地震が起きてしまった。

2011.03.05

清里スキー場なう

清里スキー場なう
いい天気です。子供たちは初スキー場。

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